ぼくが生きてる、ふたつの世界
聴覚障害の両親を持つ 主人公の物語
聴覚障害や外国につながるルーツを持つ親の子どもは幼い頃から日常的に『通訳』の役割をしている
コーダというらしい
コーダとは、きこえない・きこえにくい親をもつ聞こえる子どものことを指す。 両親ともに、もしくはどちらか一方の親だけがろう者・難聴者でも、聞こえる子どもはコーダとされる。 1980年代にアメリカで生まれた言葉である。
思春期 高校受験に失敗した主人公は母親を『進路を決める時も相談にのってくれなかった、失敗したのは母親のせいだ』
と責める
高校卒業後上京 東京で仕事や手話サークルで出会った人たちの中で様々な事を感じ
親に申し訳なかった ありがとうという気持ちを持てるまでになる
聾の人たちと食事に行った時も店員への通訳役を自然に取っていたが
聾の人に
『私たちの役割をうばわないで!紙に書けば良いんだから』とアドバイスされてた事が印象に残った
わたしは今認知症に関係して仕事してるけど
認知症の人も同じ、、
認知症になってもできる事はたくさんある、、
役割をうばわないで!って
それ、子どもも同じだなと思った
今子どもがトラブルに対応してるけど
予測されるリスクを回避するよう、、
わたしが思う生活を維持させそう、、と
わたしの考え押し付けてるかも
子どもの事を信用しないといけないんだな
昼ごはんはまたまたかき揚げ丼
かき揚げはやっぱ脂っこい
でも揚げたてはおいしかった
わたし一人で食べたけど入った天ぷら屋も他のお店も女性一人で食事してる人って結構いるんだ、、とちょっとびっくり😳
午後は帰って本読んでたらチョー眠くなり
ソファで1時間半くらいお昼寝しちゃった🥺
夜寝れないな😨
ゆかでゴロンのくうちゃま